※本記事は、2025年5月刊行の『MarkeZine』(雑誌)113号に掲載したものです
【特集】“テレビ”はどうなる?
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─ オンオフ統合バイイングでテレビCMに閉じない展開を 「日テレNEWS NNN」が目指す世界
─ 先駆者ABEMAに聞くCTV市場 テレビの現在地と未来は、マルチスクリーン化でどう変わるのか
─ ショート動画×テレビCMのプランニングは生活者を主語にする。博報堂横山氏に学ぶ考え方
─ 【広告意思決定論】ブランド成長におけるテレビCMの役割(本記事)
─ なぜ若者ほど「アテンションの高い動画広告」を好むのか タイパ意識を軸に考察
そもそも広告単体の効果は大して大きくない
昨今、「広告しなくても売上があまり減らないのに、なぜ継続する必要があるのか」という広告不要論が再燃しています。特にマス広告は、デジタルメディアやSNSとの比較においてROIの不透明さが指摘されがちです。
しかし、そうした主張は単に「広告本来の役割とブランド成長の関係性」を理解していない自己流の(あるいは一時的な)解釈に過ぎないこともあります(実際、TVCMを止めて売上が増えたとされるブランドも現在は普通にTVCMを打っていたりします)。
本稿ではその辺りの事情を明らかにしつつ、「カテゴリーユーザーへ広く定期的にリーチする」というマス広告の本質を深掘りしていきます。
実は、マス広告単体での短期効果が小さいことは何十年も前から知られています。この分野にはいくつか有名なメタ研究があり、広告を1%増やしたときに売上が何%増えるかという比率を計算すると、短期的には0.1程度と言われています(Lodish et al., 1995; Sethuraman et al., 2011)。
これは「広告弾力性」と呼ばれる値で、広告系の実証研究ではだいたいこの値が「効果」として報告されています。たとえば、短期の広告弾力性が0.1ということは、他の条件が同じであれば、「広告を10%増やすと4〜6週間後に売上が1%くらい増える」という意味です。

もちろんカテゴリーや成長フェーズによっても変わってきますが、近年ではTVCMの弾力性はもっと小さいという報告もあります。シカゴ大学とケロッグ経営大学院の研究では、288ブランドのTVCM(消費財)をメタ分析した結果、中央値で約0.01、平均で約0.02と報告されています(Shapiro et al., 2021)。
これはTVCMを2倍にしても売上は1〜2%しか増えない、むしろそれが「普通」だということです。さらに弾力性推定値の2/3は0と有意差がなく、分析TVCMの80%でマージナルROIがマイナスに落ちています。
では、広告を止めるとどうなるのか?
これだけ聞くと、「なおさら大金をかけても無駄じゃないか」と思われたことでしょう。しかし、そんな単純な話ではないのです。
別の角度からファクトを吟味してみましょう。広告を止めるとどうなるのでしょうか?
アレンバーグ・バスの研究によると、成長中あるいは安定した大規模ブランドであれば、広告を止めても1〜2年はシェアが大きく変わりませんが、3年目に入ると目に見えて下がり始めます(Phua et al., 2023)。一方、衰退気味の大規模ブランドが広告を止めた場合はマイナス影響が出るスピードが速く、下げ幅も大きくなります。小さなブランドでも成長中あるいは安定している場合は、広告を止めた最初の年はそこまで大きく落ち込みませんが、やはり2〜3年目になるとマイナスの影響が出てきます。
効果は大きくないが、止めるとシェアが減っていく――矛盾しているようにも聞こえますが、これは広告弾力性が双方向に作用するからです。広告を増やしてもすぐには売上が増えないということは、逆に言えば減らしてもすぐには売上が減らないわけです。つまり、同じ現象を異なる観点で記述しているに過ぎません。
重要なのは、なぜ広告がそのような“効き方”になるのかです。それをひも解くカギが「メンタルアベイラビリティ」です(Sharp, 2010)。